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アニマルミディアムシップ・安楽死について考える

2017/5/27

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アニマルコミュニケーターのゆきのんです。

先日IGに「あたしの一生」という本のことをアップしたのですが、この本の主人公であるダルシーが安楽死で最期を迎えるところについて疑問や納得がいかないといったことが話題になりました。欧米的というか文化の違いというか、難しいところですよね。

安楽死については、ここ数か月お受けしたアニマルコミュニケーションでの体験でもいろいろ考えるところがあり、現時点で感じたこと、考えたことを書いてみたいと思います。

お名前や詳細はださないことをお約束し、今回このことを書かせていただくことに了承をいただきました。仮にAさんとします。

Aさんは愛犬の体調が芳しくなく、獣医師より「安楽死」させることを提示されその判断材料として「アニマルコミュニケーション」で愛犬の気持ちを聞きたいとご依頼されてきました。生死に関わることですのでそれはそれはとても悩まれていました。先にお断わりしておきますと、こうしたご相談はお受けしていません。

色々と事情があり、様々な経緯はありましたが、最終的には「安楽死」を選ばれました。

容体が急変し、歩くこともままならなくなったためAさん自身が介護できる状況でなかったことから、決断せざるおえなかったのです。

ご依頼の内容はコミュニケーションからアニマルミディアムシップへと変更となりました。

けれど、Aさん自身が冷静にお話しできる状況でなかったことから、2ヶ月期間を開けることとなったのです。その間のAさんの苦しみというのは、私にとって想像以上のものだったと思います。

「私が殺してしまった」

その言葉の裏にどんな思い感情が入り混じっていることでしょうか。

そこで思い出したのは、先述の「あたしの一生」の本の最期の場面だったのです。

動物と人の死生観の違いはそのギャップに悩むことが多いと思います。私がアニマルミディアムシップでお話しするときにまずお伝えすることは動物は「肉体」に執着がないということなのです。そこで誤解を生まれないよう「動物」にも「人」にもそれぞれの死生観があることを説明させていただきます。

多くの動物は、天に帰ったあとはあまりこの世に未練を残さないようなのです。

話しをAさんと愛犬さんのことに戻します。

ミディアムシップで最初にAさんの愛犬さんが伝えたかったことは「ありがとう」でした。

「僕とAさんはひとつで、ずっと一緒なんだ。君の選択はボクの選択であり、間違いなんかじゃない。だから責めないで、泣かないで」
そういった内容でした。

私が「あたしの一生」の場面を思い出した理由です。

ダルシーは針が刺さるのを感じながら、こう言うのです「あたりは彼女の愛に包まれている。あたしたちは一つだ。いまも、そして、いつも。」

新装版の帯の言葉「うれしい時も、悲しい時も、あたしたちは一つだ。いまも、そして、いつも。」

これがすべての答えでした。

Aさんと愛犬さんは深い愛で繋がっていました。最期を迎える方法がたとえ「安楽死」であってもそれにとやかく言う資格などないのです。それは飼い主と動物さんの関係性があるからこそなのです。

Aさんは周囲から心無い言葉もかけられていました。私はこのとき平常心ではいられませんでした。アニマルコミュニケーターとしては失格ですね。。。
Aさんと愛犬さんの深い絆に感動しました。。。このことを記すことをご了解いただいて本当に感謝いたします。

この春はミディアムシップのご依頼が続き、大きな気づきをいただきました。毎週のように天に還った動物さんたちと会話させていただいていたのですが、どの仔も最期は飼い主さんに「肉体はないけれどそれは自分の存在が消えることではない」と話してくれます。

思い出してくれれば、そこに"いる"ということ。

"自分"を思いだしてくれるとき、そこには"自分"がいるよね?

肉体はなくなっても"魂"はなくならないんだ。

どうして人間がそんなに「肉体」にこだわるのかわからないと言われることもあります。

それが動物と人間の違いなんだよね。だから、私も動物が肉体にこだわらないことを伝えながら、動物さんには「人間の死生観」は動物と違うということを伝えています。

たとえば、飼い主さまが「何かお供えしてほしいものある?」とか、「一人ぼっちのお墓で寂しくない?」とか、
人間としての感覚で質問をなさる時、そのほとんどの答えは「何もいらないよ」「大丈夫だよ、寂しくないよ」なのです。人間としたら、寂しいぐらい、サッパリとしているし、あっさりしているものなのです。
「私だって寂しいよ」とか、「もっともっと生きていたかった」そんな答えはほとんどないのです。

それでも飼い主さまの状況や気持ち、人間はこう思っているのということをこんこんと伝えてれば

「お母さんやお父さんと離れるのは寂しいよ」とお話ししてくれる仔もいます。
でも、その心境というのは、実は動物さん自身が本当に寂しくてそう言っているのではなくて

そう言ってあげることで、飼い主さまが納得したり、気持ちを整理できることを思っての発言ではないかと感じることがあるのです。
動物さんは飼い主さんと過ごした、現世での役目を終えたということについて、きちんと理解をしてあの世に行っている感じがします。
だから死について怖いといった恐れはないし、寂しいといった感情もないのかもしれません。それは前述のダルシーと同じ心境ではないのでしょうか。飼い主さまの声も聞けるし、姿もちゃんと天からは見えてる。
写真に向かって語り掛けてくれていることも知っているから、飼い主さまが、何を考えているのかも、生きている時よりクリアに感じられているのでしょう。それで寂しくないのですよね。
肉体で感じることができる手のぬくもり、抱きしめられた時の温かさを感じることはできないけれど、それについては寂しいということを伝えてくれる仔もいました。けれどもそれよりも「心」や「魂」で深くつながっていて何よりも、ずっとずっと大きくて確実な「愛」を、認識して旅立ったから、動物さんはそれが何よりうれしいというのです。
そのため肉体を重視する人間である私たちが感じるような寂しさはないのでしょうね。

長くなってしまいました・・・
まとまらないままでごめんなさいですが・・・

私自身、猫と一緒に暮らしていますから、このことがわかっていても、お別れの時は悲しいし、動物のように達観して見送ることはできません。

今回は、動物の死生観は人間と全然違うものなのだということと、安楽死についての考え方を自分でも深く受け止められたらと思って書きました。

生死についてはまだまだ複雑ですが、ミディアムシップを考えている方に事前に動物の死生観についても知っていただけたらと思います。

最期までお読み頂きありがとうございました。

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ネコノメ主宰の雪です。
誰でも一緒に暮らす動物とコミュニケーションがとれるようなセッションを目指しています☆動物と人の魂に優劣がないことお互いが尊重できる世界の一助になりますように。

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